「満州開拓殉難者供養塔」に手を合わせる拓友会の窪田会長と樋口さん(右)
第二次世界大戦で長野県富士見町から旧満州(現中国東北部)に渡った富士見分村開拓団の引き揚げ者でつくる「拓友会」は27日、「引き揚げ76年の供養の集い」を富士見町の南原山集落センターなどで開いた。会員の高齢化により最後の集い。会員ら約20人が参加し、村内に建立されている満州開拓殉難者供養塔に線香を手向けた。会場には当時の写真や資料を展示し、講演などで恒久平和の祈りを新たにした。
同開拓団は旧富士見村が組織し、国策として1939(昭和14)年から浜江省木蘭県王家屯へ入植した。入植者数は県内で最も多く、1000人近い分村の規模だったという。終戦から1年2カ月後の46年10月に故郷の富士見村に戻ったが、飢えや病気などで多くの人が亡くなり、生還できたのは700人程度だった。
集いでは、同開拓団の特集番組を制作し、その後、書籍「19の証言 満蒙開拓団富士見分村の真実」を出版したLCV勤務の早出伸哉さん=諏訪市=が、出版の経緯などを語り、引き揚げ者の樋口誠さん(85)=富士見町=の現地での思い出を描いた絵本「こはるさんのこもりうた」を出版したシンガーソングライターの清水まなぶさん=長野市=が、子守歌を披露しながら、絵本に込めた思いを語った。
拓友会の窪田作栄会長(85)=東京都=は引き揚げ当時を振り返りながら、「富士見に帰ってくるまでの1年2カ月はつらい体験だった。この思いを語り継ぐことがわれわれの使命だったが、会員の高齢化で最後の集いになり残念。不戦、恒久平和の大切さを今後も叫び続けていきたい」と話した。今後は町内在住の会員のみで年2回の供養を続けていく。
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