八剱神社に残る「湖上御渡注進録」
長野県の諏訪湖の御神渡り(御渡り)を見つめた先人たちが書き継いだ578年間続く湖の結氷記録を長期の冬季の気候変動の解明に役立てようと、諏訪市生まれでお茶の水女子大学(東京都)の長谷川直子准教授(47)らがデータベースの作成を進めている。すでに公表されている資料を基にした記録の再検証を行うとともに、各種研究に活用されている1954年発行の藤原咲平・荒川秀俊両氏によるデータベースを最新版に更新する試みだ。
■1443年から書き継がれる
御神渡りの判定と神事をつかさどる八剱神社(諏訪市小和田)の宮坂清宮司(71)によると、御神渡りに関する 最古の公式記録は室町時代の1397年にあり、それから約50年後の1443年からは「當社神幸記」、「御渡帳」、「湖上御渡注進録」と形を変えながら結氷、御神渡りの記録がほぼ途切れることなく受け継がれている。
長期に及ぶ歴史が途切れることなく続いている例は世界的にも珍しく、気候変動などについて研究する国内外の研究者が注目している。この際に活用されているのが「藤原・荒川データベース」だが、70年近く前のもので、近年のデータが反映されていない。
調査しているのは長谷川准教授のほか、三上岳彦東京都立大名誉教授、平野淳平帝京大准教授の計3人。科学研究費助成事業を活用し、2019年度から取り組んでいる。「當社神幸記」、「御渡帳」、「湖上御渡注進録」の記録を改めて確認するとともに、「藤原・荒川データ」、湖沼学・陸水学の開拓者で「湖沼学上より見たる諏訪湖の研究」(1918年)を著した田中阿歌麿氏のデータとの照合も行ってきた。
■世界でもまれ 先人に感謝
これまでに、結氷などの記録が出典元によってずれているケースや、御神渡りの記録があっても結氷日が書かれていなかったりする年があることも確認している。諏訪社の頂点に位置した神職、大祝の日記類など複数の資料からも結氷、御神渡りの記録を調べ、データベースの信頼性を高める。
荒川秀俊氏が論文の中で御神渡りの記録について「世界でもまれな季節現象資料であり、長期予報の研究上、非常に重要なものと断言してはばからない」と評価した結氷、御神渡りの記録。長谷川准教授も「私たち研究者が昔の冬の気候を知る上で大変貴重な記録であり、これほど長い記録はどこにもない。途切れることなく、この記録を残してくれた先人に感謝している」と話す。
22日朝、長谷川准教授は三上名誉教授、平野准教授とともに、毎朝氷の観察を続ける八剱神社の宮坂宮司、氏子総代の様子を見守った。氷点下10度を下回る厳しい寒さの中、氷を割り、厚さを測る総代たちを見つめ、記録を重ねてきた先人たちに思いをはせていた。
■データベースを最新版に更新へ
長谷川准教授は「今のような防寒着がない中、自動車にも乗らずに状況を調べ、記した先人たちの苦労はいかばかりだったかと思う。冬の諏訪湖の寒さを感じ、御神渡りの観察が大変な役目だったことがよく分かる」と語った。
三上名誉教授は、御神渡りの出現や結氷が珍しくなってきた状況と気候温暖化の実態について取り組んだ研究の論文発表に向けて、準備を進めている。578年の歴史の中で、御神渡りが出現しない「明けの海」は1980年代後半から顕著に増えている。三上名誉教授は「冬の冷え込み方に違いが見られ、ある時期を境に傾向が大きく変わったことも記録の積み重ねから見えてくる」とし、データベースの更新と最新状況の追加の意義を語った。
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