ダンスアカデミーアオキ・青木誠さん
習い事を始める人が多い春。長野市の社交ダンスの教室を取材した。コロナ禍を踏ん張ってきた教室の代表、ダンスを心の支えとしてきた被災者の男性など、ダンスと共に人生を歩む人々と出会った。
■60代から80代が6割…生き生きと
社交ダンスの講師2人(左がダンスアカデミーアオキ・青木誠さん)
軽やかなステップ。優雅なターン。披露してくれたのは社交ダンスの講師2人。
青木誠さんは教室の代表で、長野市役所のそばで「ダンスアカデミーアオキ」を運営している。
受講生の6割程度は60代から80代が占めている。
ダンスアカデミーアオキのレッスン
65歳(社交ダンス歴10年):
「とても楽しいです。運動にもなるし、頭の体操にもなる」
82歳(社交ダンス歴20年):
「区切りはいつか分からないんですけど、元気でいる限り続けようと思っています」
青木さんの「アカデミー」も、コロナ禍の影響を受けたが、今、生き生きと踊るお年寄りたちが戻りつつある。
ダンスアカデミーアオキ・青木誠さん(65):
「同世代の方に比べると圧倒的に若く見える。頭を使ってステップを考えながら体全身を動かすという良いスポーツだと思う」
■趣味を職業に 映画でブーム到来
会社員をしながらダンスを続け、講師の資格も取得(提供・青木誠さん)
千曲市出身の青木さん。知り合いに誘われ、19歳で社交ダンスを始めた。
ダンスアカデミーアオキ・青木誠さん(65):
「『サークルでダンスやってるから、ダンスやるとモテるぞ』と言われ、(知り合いに)一緒に連れられて行ったのがダンスをやるきっかけ」
会社員をしながら、ダンスも続け、講師の資格も取得した。
転機が訪れたのは35歳の時。バブル崩壊で勤めていた会社が倒産したのだ。青木さんは一大決心をする。
ダンスアカデミーアオキ・青木誠さん(65):
「思いきって、芸は身を助くということで、趣味を職業に変えて、本格的にやり始めた」
1996年、千曲市で最初のダンス教室を開くと多くの生徒が集まった。
ちょうどその年、社交ダンスをテーマにした映画が大ヒット。ブームが到来したのだ。
1996年、千曲市で最初のダンス教室を開き、2004年、事業拡大のため長野市に進出
ダンスアカデミーアオキ・青木誠さん(65):
「すごく大勢のお客さまにお越しいただいて、それがずっと続きました」
2004年、事業拡大のため長野市に進出を果たした。
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