実家の改修を終えた関博之さん家族(長野市長沼)
台風によって長野市長沼地区の堤防が決壊してから2年半余り。特集は、住民の生活再建に奔走してきた工務店の男性のその後です。後回しにしてきた実家の改修を終え、ようやく長沼へ。地域と共に新たな一歩を踏み出しました。
関博之さん・真理子さんの家族が「みなし仮設住宅」から引っ越し
4月9日、長野市―
引っ越し作業に追われる長野市の関博之さん(42)。
関博之さん:
「やっとこの日を迎えられたなっていう感じですけど、バタバタしていて何がなにやら」
ここは関さん一家が2年余りを過ごした「みなし仮設住宅」。ようやく、長沼地区の実家に戻ることになったのです。
2019年の被災当時
2019年10月、台風19号で千曲川の堤防が決壊した長沼。関さんの実家と亡き父が営んでいた工務店も浸水しました。
当時、一級建築士として都内で働いていた関さんは、すぐに地元へ。父が手がけてきた家を回り、被災者の住宅再建に力を尽くす決断をしました。
関博之さん(2019年の被災当時)
関博之さん(2019年の被災当時):
「やっぱり僕は戻るべきだと、何軒か回る中で、そう言いたいって思ったんです。『僕、戻ります、安心してください』って」
地域の建物の再建を手掛けた
同じ被災者だからこそわかる悩みや不安。関さんは住民に寄り添いながら住宅や集会場、江戸時代から続くみそ蔵などの再建を手掛けてきました。
関さんに再建を依頼した人:
「すごく頼りになったし、気持ちもおかげで楽になってきたかな」
ただその間、関さんの実家の再建は後回し。埼玉に残っていた家族を呼び寄せ、みなし仮設住宅から長沼に通う日々が続きました。
実家の1階はまだ床を取り払った状態(2020年8月)
2020年8月―
2年前のお盆。仏間を含め、1階は床を取り払った状態でしたが、家族そろって仏壇に手を合わせました。
母・福枝さん:
「(お盆は)いつもならここに集まってお食事してたんですけど、それもできないしね」
父・久幸さん
災害の前の年に67歳で亡くなった父・久幸さん。この家も40年ほど前に久幸さんが建てました。長く手つかずでしたが、翌2021年、改修に取り掛かることになりました。
関博之さん(2021年8月取材):
「やっとね、皆さんのお宅、全部は終わってないですけど、大体一区切りついて、やっと自分のことを考えられるようになってきたかな」
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